幸せって何?とかいうと「やべえ宗教?」に感じますけど宗教の話じゃないから安心してね!

最近幸せってなんなんだろう?ってのを色々考えています。
というのも最近、禅とか哲学とかに触れる機会が多くて、そういうのに触れるたび、人としての生き方を考えさせられます。

たとえば少し前にバズったホセ・ムヒカ氏のスピーチとかも幸せや人間の生き方の話ですよね。

こういう人がバズるということはそれだけ今現代生きている人達もなにか考えさせられることがあるからでしょうし、現にgoogleなどの大手IT企業においてマインドフルネスの考え方が広まっているのもそれだけ幸福という物を世界的に考えないといけない時期になっているからだと思います。
 
 

人間の生活はかなり便利になった!

正直ここ10年という短いスパンで考えたとしても私たちの生活というのはかなり便利になっています。

例えばスマートフォンなんかめちゃくちゃすごいですよね。
インターネットを通じて世界の人と繋がることができ、どこからでも家族に電話ができる。さらにゲームだって目覚まし時計にだって方位磁石にだって地図にだってなります。
 
今でこそ普通になにも感謝の気持ちもなく使っていますが、スマートフォンなんてものが存在しなかった時代を生きた人なら、この神アイテムの素晴らしさがわかるはずです。
 
 
PCが登場して仕事もかなり楽になったはず。
表計算でいちいち数字を計算機で足して行かないとダメだったものが、エクセルに数字を入力してちょっとした操作をすればすぐに正確な数字を出すことができます。

10年前、100年前、1000年前から比べたら私たち人間の生活というのはかなり変わりました。死亡率や寿命だって大幅に改善されています。
 
こんなにも便利になった世の中、それなのになぜ自殺をしたり精神を病んでしまう人がこんなにも多いのでしょうか?
 
 

正直江戸時代の暮らしに戻るなんて無理

今の世の中がいいのか、昔の方が幸せだったのだろうか?とか考えてはいますが、それでも今の便利さを知ってしまってから昔に戻るなんてむりですよね。

いまさらウォシュレットがないトイレなんて入れません!
これからの未来がさらに便利になるとしたら正直その世界を体験したいという気持ちもあるぐらいです。

そして今、この状態で技術の進歩が止まることもないでしょう。
各企業、各個人がどんどんあたらしいものを作って世の中を変えていきます。
 
 

これからも技術はどんどん進歩して超便利になっていく

これから世の中はさらに便利になります。
例えばAmazon goを知っていますか?

Amazon goはAmazonが作っているコンビニとスーパーとの間の品揃え暗いの実店舗で、なんと店員が必要ないんです。

駅改札のように携帯をピッとかざして店舗に入るだけ。
あとは商品を持って店を出ればそれで買い物ができてしまいます。

長い行列を作ってレジを待つ必要もないわけですから、こんな便利なことはありませんよね。

日本にはAmazon Goはありませんが、無人の店舗というのはコンビニを中心に増えてきています。

そしてショッピングだけではなく、日常生活の様々なこと、仕事上のツールなどなどより進化して今からでは考えられないほど便利になるでしょう。
 
 
確かにすごい世の中です。
でもその未来に行ったとして、私たちは本当に幸せを感じられるのでしょうか?
 
 

手紙からメールになったけど幸せなの?

昔は紙に自分で文字を書いて、封筒に入れて切ってを貼ってポストに投函をしていました。当然相手に届くまでには時間がかかります。

そしてそれが進化して手紙は電子メールになりました。
手紙を書いて切ってを貼り、ポストに入れるという作業はなくなりすぐに相手に届くようになりました。

今でも使われているメールですが、今はメールよりもLineの方が使われていますよね。
Lineはメールよりももっと素早くやりとりすることができるツールです。メールは相手が読んだかどうかわからないですがLineは既読機能によってそれを把握できます。

メールよりも会話に近いといっていいのかもしれません。
 
 
技術的に考えたら確かに便利になりました。
すぐに相手に伝えたいことを伝えられるというのは本当にたすかりますよね。

でも、『既読はあるけど返信がなくてイライラした』なんて経験はありませんか?
さらに小中学生の間では『Lineいじめ』なるものが起きているそうです。
 
 
便利な世の中ではありますが、その便利さがなければ起こらなかった不幸も起きてしまっているんですよね。
 
私たち人間、ホモサピエンスは本当に進化できているのでしょうか?
幸せの所存は?
 
 

便利=幸せじゃない

もっと便利になれば幸せになれる!
そういう人もいるかもしれません。でも私にはそうは思えないんです。

50年前の人だって幸せを求めたはず。
きっと50年後の人も今の私たちと同じ悩みを抱えているのではないでしょうか?

世の中を便利にするというのは確かに素晴らしいことです。
でもそれ自体は幸せとは決してイコールではないんのではないんじゃないかと。
 
結局幸せって求めようとすれば求めようとするほど再現ないものだと思うんです。
「もっと欲しい!もっと満たされたい!もっと幸せな環境に!」底無し沼のように求めることができるもの、それが幸せであり欲なのではないでしょうか。
 
禅とか、哲学というのはそこをしっかりと見直すための技術なのではないかと僕は考えています。
 
 
何が幸せなのかというのは人によって違います。
本来なら自分の自分に会った幸せを見つけてそれを大切に生きればいいだけなのに、社会や国、他人、そして自分の欲に惑わせれてより大きな幸せを『得ないといけないと思わされている』いるのかもしれません。
 
なにか僕たちは大事なことを忘れてしまっているのかも。
 
 

みんなが何かに駆られて生きている

大量に生産し、大量に消費をしていく。
とにかくお金をかせいで上に登っていく。悪いところは強制して周りに気に入られて突き動かされるようにお金を求め消費をする。

こういう生き方に幸せを感じている人はいいと思うです。そういう生き方を否定しません。

でも中にはそういう世界に対して違和感を感じている人もいるのではないでしょうか?
今まさに僕がそれです。

インターネット上は広告の嵐。
化粧品を買え、整形しろ、脱毛しろ、留学しろ、塾入れ、課金しろ。

戦争の時のように必死に生きなくてはいけない時代ではなくなりました。明日死ぬかもしれないという恐怖を感じている人も少ないでしょう。

そんな中これから人類は今まで通り何も考えずに生きていくのでしょうか?
それとも、人としての幸せを求めるのでしょうか。
 
 
正直私の中でも答えは出ていません。
自分にとって何が幸せなのか、自分は何をすべきなのか。最近はそればっかりをグルグルと考えています。
 
とりあえず、禅の考え方から触れていこうかな。
中国の老荘思想なんかも面白そうですね。
なにか面白そうな本があったら教えて欲しいです。